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村山医療センターによる研究成果「脳内に呼吸のペースメーカー発見」


要点:


呼吸のリズムが形成されるメカニズムは、長年の研究にかかわらず未解明でした。独立行政法人国立病院機構村山医療センター臨床研究センターの岡田泰昌電気生理学研究室室長・内科医長は、呼吸リズムを牽引する細胞を脳内の延髄で発見しました。驚くべきことにその細胞は、これまで脳機能の発現にあたって主役と考えられてきた神経細胞(ニューロン)ではなく、脳内の環境維持程度の役割しか果たしていないと思われてきたグリア細胞でした。この成果は、なぜこれまでの研究標的であったニューロンの活動」だけでは呼吸のリズム形成を説明できなかったかを示すとともに、脳科学の謎の一つを解明するものとなりました。

研究の背景:


無意識下でも形成、維持がなされる自律的な呼吸運動は、生命維持に必須で、その停止は死に直結し、その障害は呼吸不全を惹起します。呼吸運動は横隔膜などの呼吸筋の活動によります。呼吸筋の活動は、延髄を中心とする脳幹部で形成される呼吸リズム形成神経機構により維持されています。呼吸リズム形成のメカニズムについては、長年に渡って研究がなされてきて、心臓のように自動的に周期的な興奮を起こす神経細胞(ペースメーカーニューロン)が駆動することによるとの仮説や、興奮性と抑制性のニューロンの相互作用によるとの仮説などが提唱されてきましたが、いずれの説もこれまでの実験データを完全には説明できず、呼吸リズム形成のメカニズムは、これまで謎でした。

研究の内容:


岡田室長らは、ネズミを用いた実験により、延髄の左右の腹側部でpre-Botzinger complex(プレベツィンガーコンプレックス)と呼ばれる呼吸リズム形成の中核部位において、吸息性の神経活動に先行して活動を開始するアストロサイトという種類のグリア細胞を発見しました。さらにpre-Botzinger complex領域のアストロサイトを選択的に興奮させると、吸息性神経活動を起こしうることを確かめました。

 具体的には、新生ラットの延髄から切り出されたpre-Botzinger complexを含む組織切片を特殊な色素で染め、細胞活動に応じた細胞内カルシウム濃度変化を可視化しうるイメージング法で観察し、吸息時に活動するニューロンに先行して活動を開始するアストロサイト(前吸息性アストロサイト)を発見しました。ニューロン活動のみを抑えるフグ毒を投与するとニューロン活動および呼吸神経出力は消失しましたが、前吸息性アストロサイトの周期的な自発活動は残りました。さらに、光を照射するとナトリウムイオンやカルシウムイオンが細胞内に入って細胞を活性化させる蛋白質をアストロサイトにのみ発現させた新生マウスから作成した延髄切片でpre-Botzinger complex領域のアストロサイトを光照射で興奮させると吸息性ニューロン活動が惹起されました。

 これらの実験結果から、アストロサイトが呼吸リズム形成の中枢であるpre-Botzinger complex領域において吸息性神経活動を駆動していると結論されました。

 本研究の成果は、呼吸リズムは脳内のどの細胞によってどのように形成されているのかを理解するとともに、睡眠時無呼吸症候群や各種肺胞低換気症候群など呼吸中枢の異常に因る様々な呼吸異常の病態の解明、およびそれらの新しい治療法の開発に貢献すると期待されます。また、謎に包まれている脳の動作原理を理解するためには、ニューロンだけでなくアストロサイトの機能を解析することの重要性を示しました。

 

The Journal of Physiology(英科学誌抄録)


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