病気が心配な患者さんへ
村山医療センター 医長
松川 啓太朗
はじめに脊椎の手術についてご説明しますが、大きく「除圧術」と「固定術」の2つに分かれます。除圧術というのは、椎間板ヘルニアや加齢性の変化などによって狭くなった神経の通り道(=脊柱管)を拡げることを目的に、椎弓と言われる神経の屋根に当たる部分を削って圧迫を受けた神経の環境を改善させます。より安全に小さな傷で手術するため、手術用顕微鏡や内視鏡を用いることもあります。
対して、固定術というのは、脊椎にぐらつき(=不安定性)がある場合や、背骨が変形した場合(=後弯症・側弯症)に対して、背骨の形をより良い状態に矯正することを目的とします。具体的には椎弓根スクリューという固定具が主役になり、後方(背中の傷)から脊椎に設置します(図1)。一般的に、固定術は大きな傷を要することが多かったのですが、近年小さな傷で行う工夫(=低侵襲脊椎手術)がなされております。
除圧術と固定術、どちらの術式が望ましいかについては、患者さんの症状・病態だけでなく、生活スタイル・活動レベル等を総合的に評価することにより選択しています。ここから先は最近の脊椎固定術について述べさせていただきます。
図1 腰椎変性すべり症に対する固定術の一例
椎弓根スクリューを適切に用いることで、脊椎の不安定性は解消し、良好な位置に矯正されています。
椎弓根スクリューは、身体の中に入れても比較的安全な(=親和性の良い)チタン製であり、太さ5-7mm・長さ40mmくらいのものを使用することが多いです。基本的には抜去する必要はなく、大きな問題がなければ身体の中に入れっぱなしで問題ありません。
椎弓根スクリューの最大の利点は、脊椎を強固に把持できる点であり、それにより理想的な背骨の状態に矯正することが可能となります。椎弓根スクリューの技術革新とともに脊椎固定術の手術成績は向上してきましたが、注意しなければならない点が大きく2点あります。1点目は、手術中に挿入したスクリューが神経や脊椎の周囲の組織を圧迫し(約4%)、術前にはなかった症状が発生する危険性があります。特に、解剖学的にスクリューを設置する場所が限られている場合に注意が必要です。状態によっては、手術後にスクリューを入れ直さなければいけないこともあります。2点目は、特に骨粗鬆症の患者さんに注意しなければいけませんが、スクリューは骨よりも硬い金属からできているために、スクリューが骨の中で弛んだり、骨から抜けてしまうことがあります(図2)。
前者の対策として、術者の高い技術というものはもちろん欠かせませんが、我々は術者の目に加えて「第3の目」として、術中の神経刺激装置や放射線透視装置・ナビゲーションシステムを駆使することで、より安全面に配慮した手術を行っています。また、後者の問題は、日本が現在直面している超高齢化社会における脊椎の治療において極めて重要な問題と言えます。従来の手術では、年齢や病態に関わらず、画一的な方法で椎弓根スクリューが使用されてきましたが、我々の工夫としては、術前に各々の患者さんに対してどのようにスクリューを設置したら最も有効であるかをシミュレーションし、術後に生じうるスクリューの弛みに伴った諸問題を最大限に予防しています。具体的には、年齢とともに生じる骨粗鬆症性変化(=骨が弱くなる現象)を受けにくい「脊椎の中の硬い骨の部分」とスクリューが接触する工夫により、治療効果は飛躍的に向上しました(図3)。
(※ CBT法の項目参照)
図2 スクリューの弛みを生じた症例の一例
スクリューの弛みに伴って、術直後に比べて脊椎の配列は悪化しているのがわかります。右図のCTでは、スクリューの周囲に空洞が形成されているのが確認されました。
図3 皮質骨軌道(CBT)法による工夫
従来の方法はスクリューと柔らかい骨(=海綿骨)が接触するのに対して、皮質骨軌道(CBT:cortical bone trajectory)法では、骨粗鬆症性変化を受けにくい硬い骨(=皮質骨)とスクリューが接触することにより、スクリューのより高い固定性が得られます。
脊椎の手術に関わらず、昨今の医療技術の進歩は、患者さんの身体へのダメージを軽減した「低侵襲手術」の方向へと進んでいます(図4)。大きな傷の手術に比べて、小さな傷で行う手術はいい点もたくさんありますが、限られた傷(=術野)の中で、術前の計画通りにスクリューを正確に設置するためには、術中の放射線装置の使用が絶対条件となります。この際に問題となるのが、放射線の医療被曝です。より正確にスクリューを設置しようとすると、必然的に多くの放射線被曝を要することになります。もちろん村山医療センターでは安全に配慮した手術を行っていますが、術中の放射線被曝を最小限にすることは、患者さんのみならず医師・看護師をはじめとした医療スタッフ全員の安全のために重要な課題と言えます。
図4 最新の低侵襲脊椎固定術
従来の手術法では患部を大きく切り開く必要がありましたが、最新の低侵襲手術である皮質骨軌道(CBT)法では、小さな傷で手術可能であり、筋肉へのダメージを大きく軽減できます。
患者適合型スクリュー挿入ガイドは、各々の患者さんの状態にあった安全な手術を提供するための器具になります。具体的には、手術用に撮影した術前CT画像を元に、3Dプリンティング技術により作成されます(図5)。正確にスクリューを設置するためのテンプレートガイドであり、個々の患者さん毎にオリジナルなものが作成されます。まさに患者さんにとっての「究極のテーラーメード手術」と言えるのではないでしょうか。ガイドによるスクリューの挿入精度は99.5%と極めて高く、そのため術中の放射線の医療被曝が大幅に低減しました。これは低侵襲脊椎手術における大きな革命と位置づけられています。最も有効な位置に適切にスクリューが挿入されるために、手術成績は大きく向上することが期待されており、さらには、手術の安全性のみならず、手術時間の短縮、出血量の減少、早期離床に寄与することが報告されております。
本ガイドによる手術は最先端の低侵襲手術であり、安全性・高い再現性の観点から非常に注目を浴びています。その恩恵は大きく、患者さんに対しては「最大限の安全性」を、そして医師に対しては「最大限の技術」を与えてくれます。一方で、本ガイドを用いるためには、医師の専門的知識に基づいた資格が必要となりますが、私は世界に先駆けて早期より本技術を臨床応用するとともに、国内外で数多くの講演・技術指導を行っています(図6)。ご興味の方は、ぜひお尋ねください。
図5 患者適合型スクリュー挿入ガイド(MySpine MCシステム)の一例
(Medacta Internationalより許諾を得て使用)
術前に撮影したCTをもとに、各々の患者さんに対して最適な位置にスクリューを設置できるようデザインされています。
図6 筆者による技術指導と講演活動
安全性と再現性を兼ね備えた本ガイドを用いた手術は、国内外に拡まりつつあります。CBT法の考案者のDr. Hynesからも高い評価を得ており(右図)、さらなる臨床応用が期待されています。