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整形外科

整形漢方のすすめ


漢方医学は、病気の捉え方や診断体系が西洋医学と異なり、病気は生体機能の恒常性の乱れで発症すると考えます。


村山医療センター 整形外科
許斐 恒彦


 整形外科の診療においては、個々の症状をもとに、X線やMRIなどの画像診断に重点がおかれる傾向にあります。 通常はそれらの検査で診断がつくことがほとんどですが、なかには腰痛やしびれなどの症状があっても「検査上は特に異常がない」と言われ、 痛み止めだけ出されてはちっとも良くならないといって、いろんな医療機関を受診される方がいらっしゃいます。 また、診断に基づきいろいろと薬を試して治療を行うものの、薬の副作用が出てしまったり、症状が一向に改善しない方がいらっしゃいます。 手術の適応があれば、さらに治療を進めていくことができるのですが、その適応がない場合や自覚症状ほど検査所見に異常がないようなことがあると、 治療に行き詰まってしまいます。 そのような時に漢方薬を用いた治療がうまくいくことがあります。

 漢方医学は、先人達の叡智に基づき確立されてきた、経験に則る診療体系であり、西洋医学とは異なる診察手法と治療薬の特徴を備えています。 一般的に西洋医学は、病気の症状を個別に対処し原因の除去を目標とします。 例えば、腰部脊柱管狭窄症による足の痛み・しびれに対しては、神経に対する血流の改善目的に「血管拡張薬」を使用し、 神経の炎症による痛みに対しては「消炎鎮痛剤」、しびれに対しては「神経伝達物質阻害剤」などを使用します。 それでも治療がうまくいかない場合には、圧迫のある神経に対する除圧手術をおこなうことがあります。

 一方、漢方医学では、病気は生体機能の恒常性の乱れで発症するとの観点から、全身の状態を把握して処方を決めていきます。 つまり、病気(病名)に対する治療でなく、体のどの機能が乱れているのかを判断し、それを整えることで症状(病気)の改善を目指します。

 我々の身体を一つの森に例えるなら、西洋医学では傷んでいる木々に対して農薬を散布したり、悪くなっている一画を丸ごと根こそぎ伐採したり、 直接的・局所的に治すイメージであるのに対して、漢方医学は森全体を見渡し、必要な環境の整備(間伐や植栽、水源の整備など)をおこなうことで、 森自身が自然に持っている治癒力を促すことに徹する結果として、間接的に病気・不調も良くなっていくというイメージです。

『不通則痛』(通ぜざれば則ち痛む)
漢方医学では、『気・血・水』のいずれかに滞りがあると、痛みが生じると考えられています。

 しびれや痛みといった西洋医学では同じとみなされる症状も、漢方医学では、その背後の『気・血・水』のどこに異常があるかを考慮します。 (注:漢方医学では生命活動は『気・血・水』の3つの要素により維持されていると考えます。 気は気力や生命エネルギー、血は血液、水は体液や組織液と考えると理解しやすいです。) 特に整形外科領域では、痛みを有する方が多くいらっしゃるので、必然的に痛みの原因がどこにあるかをよく考えて診療にあたります。 局所的な疼痛であっても、全身の状態の判断のために(整形外科医は全身を見るのが苦手ですが・・・)、 しっかりと話を聞き(聞)、視診(望)・問診(問)をおこない、お腹の状態、舌の状態、脈の状態等、漢方医学的な診察手法を用いて診察を行います(切)。 個人の全身の状態を細かく判断した上で処方を決定していきますので、漢方医学はオーダーメイド治療とも言えます。 また、漢方医学は西洋医学的な病名がつかない病態(画像や血液検査で異常がなく、「気のせいでしょう」とうやむやにされてしまいがちな、 いわゆる不定な愁訴。 漢方医学的には『気』の異常が絡んでいることが多いので治療の対象です。)に対して、細かく対応できる診療体系を有することも大きな特徴です。

 診察の結果によっては、一般薬や手術による治療の方が有効な場面は多々あります。 私自身は、脊椎外科を専門に診療にあたっていますが、漢方医学の限界点や西洋医学的な治療のメリットも十分に考慮して診療をすすめていきます。 実際の診療では、漢方医学も含めて多角的にアプローチしていき、患者さんのニーズを考えながら、双方の治療が無効の場合に手術等を検討していきます。

 漢方薬は複数の生薬が、決められた分量で組み合わせて作られています。 用いる条件も細かく定められており、現在保険適応を有する漢方処方は100種類以上あります。 それぞれの生薬が、多くの有効成分を含んでいるので、1処方でもさまざまな作用を持っています。 そのため、複数の病気や症状に対する治療にも有効で、慢性的な病気や全身的な病気の治療など複雑多彩な症状に効果を発揮します。 また、西洋医学では同じ原因や症状をとり除くために、同じ効能の薬が処方されがちですが、漢方医学では患者さんの体質やそのときの状態によって、 その人に合った漢方薬が処方されることになります。また一方で、違う症状に対しても、体質や診察所見から同じ漢方薬が用いられることがあります。

 漢方と聞くと難解で概念的で、わかりづらいと感じるかもしれません。 しかし、『足がつる』という主訴の患者さんに対して、芍薬甘草湯を処方して、とてもよくなった経験は、外来では比較的よくみられることではないでしょうか? 漢方医学を学んでいくと、今まで何をしても良くならなかった病気未満の体の不調が、芍薬甘草湯を『足がつる』患者さんに使ったときと同じように、 漢方薬でピタッと症状がとれる、そんな場面に多く出くわすようになります。

 私自身いろいろな漢方薬を服用していますが、漢方を知ってからは体の不調を未然に防ぐことができるようになり、 さらにはどの漢方薬が自分に効くのか知ることにより、逆説的に自分自身の体質や、生活や食事の偏り、ストレス状況など、 自分の体調を客観的に把握することができるようになってきました。 漢方を学んで、診療の幅を広げるもよし、自分自身の健康管理に利用してみるのもよし。 まずは、気軽に漢方薬を試してみることをおすすめいたします。


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